溝上悠真による「boxes」|作品解説
長らく「一度も国外に出たことがない」とほとんど神話的に語られていた八坂だが、近年の研究では、1973年にアメリカ合衆国の東海岸と西海岸を訪れる長期の旅行を行っていたことが明らかになっている。旅程の全貌は未だ不明であるものの、ニューヨークを訪れた八坂は多くの芸術家と交流しつつ多方面の社会運動に触れたのち、カリフォルニアに渡りバークレーの自立生活センターを訪れ、ロサンゼルスにてクリス・バーデンと交流し、「再演」および新作の初演、バーデンとの共作の初演を行ったという。その一連の制作の正式なアーカイヴは(おそらく意図的に)残されていないが、同時期の手記にはロサンゼルスの地図や風景の写真、荒川修作の作品の一部(たとえば《デュシャンの大ガラスを小さな細部としている図式》(1964)の台座部)と極めて類似している複数のサイズの正方形が一列に並んだ図と“Boxes”という語、大部分が判読不能であるものの神秘的な内容を感じさせる文章、一部または全体が著しく変形させられている人体のデッサン、などが残されており、同時期の八坂作品の主題に加え、のちに前景化する風景論的オカルティズムへの関心の萌芽や、同時代の芸術や社会との共振が見て取れる。今後の研究においては旅行の詳細、作品の実像は勿論のこと、八坂が旅行や作品において日本からアメリカへ持ち込んだ文脈、特に日本の障害者運動――同時期には既に青い芝の会が活発な活動を行っていたほか、1973年は石坂直行『ヨーロッパ車いすひとり旅』(日本放送出版協会)が出版された年である――との関連を明らかにすることが期待される。