溝上悠真によるログジャム・ニッチ・ノット
訳者解説
本稿は、ログジャム・ニッチ・ノットによる八坂健治の解説記事(The New Dictionary of Japanese Music 所収)の日本語訳である。いくつもの先駆性を含んだ八坂の仕事——例えばコンテナに注目した「箱詰め」の実践は、不法移民の密航手段としてコンテナが用いられ、多数の死亡事故が発生している現代において示唆的だろう——はしかし、後年の「隠居」によって省みられることが少ない。彼の仕事を的確に概観する当記事は広く参照されるべきだろう。
ただし、当記事にはいくつかの瑕疵を指摘することができる。例えば、前期の八坂の仕事における協働性はたんにサド/マゾヒズム的なものだけではなく、身体障害者にとって大きな問題である「介護」に関するものも多くみられるが、その点には触れられていない。また、八坂における「箱」は、流通の単位、道具化、ブラックボックス、など複数の問題意識を孕んだものとして後期の仕事の通奏低音をなしているが、その点も書き落とされている。
加えて、もっとも奇妙なこととして、八坂の没年が 1990 年とされている点が挙げられる。八坂の死去は 2020 年であり、校正がこのような単純かつ重大なミスを見落とすとは思えない。他のログジャムの著作に見られる平易というよりほとんど軽薄な文体とは似ても似つかない重たさ、読みにくさと併せて、これ自体が八坂との協働作業からなるものであり、後期八坂の作品であると考えられるだろう。
ラベルを貼りまちがえた荷物が運び出される
(1973/6/27)
イザベラ・フロストによる八坂健治
《首塚のための予行5》(2010)
聞かされたとおりに道を歩く。
①その道筋を画面にしたもの
②聞かされたことば
③それらを楽器が聞かせられる発音になおしたもの
を並べ、聞かされた私が何者かを任せる。
(フロストによる実践)
参考文献:Unveiling the Sonic Journey: A Conversation with Isabella Frost
アルマナックによる八坂健治
八坂健治の手記から、ノットについての言及がなされた箇所が解読された。晩年の八坂は言霊学への関心があったことが指摘されており、日本語の五十音表を用いた独自の方法を自らの実験音楽において実践したと言われる。この手記は発話者を人間に限定しないことに特徴をもつ八坂現霊学の試みとして「黒曜石の発話の聴取」が実行され、そのなかでノット(手記中ではログジャムと表記)の音楽史観についての八坂の言及がなされた、非常に貴重な資料である。
八坂健治によるログジャム・ニッチ・ノット
前回の風景音楽における黒曜石の発話の聴取を通じて、いずれログジャムという名の男が現れ、音楽の歴史を書き換えることが明らかとなった。これは由々しき問題である。
ログジャムには音楽の才能がなかった。そしてログジャムには努力するための気概も、時間もなかった。それでも音楽史家たらんとするために、ログジャムは音楽を音楽史と同一化しようとするのだ。そのとき、ほんとうの音楽の歴史はログジャムによって塗り替えられてしまう。しかしこれは概念音楽の本質からはまったくの逸脱とみなされるべきである。概念音楽は所有されえず、したがって創作もされえない。ただ発見されるのみである。
だから私のほうで先手を打っておこう。ログジャムによって発見される音楽史は偽音楽史である。ひるがえって、ログジャムという男もまた、存在などしないのである。このことを詠う碑を、いそぎあの黒曜石の近くに建立せねばなるまい。
寝床に欲望させられていて、気づかないうちに話してしまったらしい そのするする育つ
木がわたしの名を呼び そう知らされ 足の鳴く足がみえる 根が来て減る
(2010/4/16)
黒曜石のinterpellation
(2006/9/2)
聞こえる から鳴いていて それは名を呼んでいたのだ 呼ばれたとおりになる
名が聞こえ それを聞いた身体がその私になる
名を聞かれ それを鳴いた身体がこの私になる
(1978/3/9)
土地に半分埋まり
ある仕方で動いていると そのような名が差し出される
(2013/11/12)
冨田萌衣による植村朔也
作曲家。2018年より活動。作曲家としては、自身をカニだと信じている。心霊スポットに足繁く通う。多くの心霊スポットは山間部に所在するため、その土地の淡水を得ることでカニになり、それによって作曲家になるという「作曲以前の演奏」を儀式的に行う。
ある心霊スポットで、八坂の声の幽霊と出会う。出会った当初、八坂はまだ生きていたが、その幽霊は彼があと1年ほどで死ぬらしいという。
(落とし所として、八坂が神社でしたかったことはなんなのか?を考える。神社の周辺のフィールドレコーディングとは囮で、実はノットが作曲した作品の上演が目的だったトカ。そうすると八坂がただの「スピったおじさん」ではなくなる。)