Logjam Niche Not

1912-2009 | USA

アルマナックによるログジャム・ニッチ・ノット(1)|プロフィール

ログジャム・ニッチ・ノット(1912-2004)はアメリカ合衆国の音楽学者、音楽史家。イリノイ州出身。1992年から2003年までニュースクール大学の音楽史の講義を担当する。彼の死後、その講義用に用いられたテキスト『一般音楽史入門』は 一般向けにも出版され、今もなお音楽史の入門書として、多くの人々に親しまれている。
冨田萌衣によるログジャム・ニッチ・ノット

ログジャム・ニッチ・ノットは、初めに中井悠による「実験音楽における楽譜」についての講義を聞いて、歴史(音楽史)を語るという行為そのものが楽譜であり、歴史(音楽史)を語るひとが作曲家であり、そしてそこで語られた歴史において生まれた音楽の総体が曲なのではないかと考えたことをきっかけにして冨田萌衣により作られた、偽の人物である。

アルマナックによるログジャム・ニッチ・ノット(2)|第12会議室テープ

1992年8月某日|
マンハッタン ニュースクール大学第12会議室のすみっこにて|
学⻑Xと教授N、教授Nʼの会話

X:ふむ。では、あなたがたは、そういうふうに、これまで「作曲家」と呼ばれていたものと「楽譜」については、どうお考えですか。

N:私はまったくこれまで主張してきたとおりです。これまでの音楽史における作曲家こそが作曲家であり、彼らが今ある音楽を奏でるための、そう、指示、として五線譜を作り出してきたのです。

X:作曲家とは、その場合一体誰を指すのですか。

N:無論、五線譜をつくる者です。彼らの脳内で流れている音楽を虫とり網で捕獲して、それらが息をしているうちに生きているそのままを標本にするのです。

X:ふうむ......それではいけないな。そんなふうでは君に次年度の音楽史の授業を任せることはできないよ。君は、まったく自分の肩書きや名前の関わらないところでは非常に面白い音楽を作るけれど、ひとたび自分の名前が絡むと、とたんに陳腐になってしまうね。われわれはまさに、音楽の歴史を教えることによって音楽を奏でるという試みの最先端にいるわけなんだ。私はそれを理解したうえで授業を担当してくれる者を探している。

N:それは理解していますが、しかし......

X:さて、面白いことに、ここに、教授として⻑いことここにいながらも、しかしながらたいした業績を残していないログジャム・ノットという人物がいますね。彼に次年度の音楽史の授業を任せてみるというのはどうだろうか。

N:そんな!彼は本当に、一体何の研究をしているのか、同僚のぼくにもさっぱりで......研究室でなにか作業をしている気配すら感じられないんですよ。まともに授業を担当できるとは思えません。

X:いいや!そこがいいのだよ。かれのこれまでが無色透明だからこそ、そこに新しい音楽の道があるのではないかね?そうだ!盲点だった、彼に決定しよう!

N:そんな......ぼくには理解できない、ちょっとお互い冷静になって考えましょう。僕は今日はこれで失礼します。   

(ドタバタと荷物をまとめる音や足音。ドアを閉める音がすると30秒ほど沈黙が流れる)

Nʼ:学⻑、さきほどの質問の答えですが、作曲家とはつねに駒を動かすものであり、楽譜とはつねに駒を動かさせるものなのではないでしょうか。
第12会議室テープとは、1992年8月にニュースクール大学の第12会議室にて何者かによって録音された7分間のテープである。(ニュースクール・テープ、ログジャム・テープとも)テープには三人の人物の作曲家や楽譜、音楽史についての会話が記録されている。三人の人物が一体誰であるのかについては今なお様々な議論が交わされているが、当時の学長Xと教授N、そして当時ニュースクール大学に勤務していたノットなのではないかと言われている。ノット研究をするうえでその解釈と位置づけが最も重要とされる資料である。本ページにはノット研究家のイワン・マトヴェーエチによる文字起こしを日本語訳したものを掲載する。

アルマナックによるログジャム・ニッチ・ノット(3)|八坂の手記

前回の風景音楽における黒曜石の発話の聴取を通じて、いずれログジャムという名の男が現れ、音楽の歴史を書き換えることが明らかとなった。これは由々しき問題である。ログジャムには音楽の才能がなかった。そしてログジャムには努力するための気概も、時間もなかった。それでも音楽史家たらんとするために、ログジャムは音楽を音楽史と同一化しようとするのだ。そのとき、ほんとうの音楽の歴史はログジャムによって塗り替えられてしまう。しかしこれは概念音楽の本質からはまったくの逸脱とみなされるべきである。概念音楽は所有されえず、したがって創作もされえない。ただ発見されるのみである。 
だから私のほうで先手を打っておこう。ログジャムによって発見される音楽史は偽音楽史である。ひるがえって、ログジャムという男もまた、存在などしないのである。このことを詠う碑を、いそぎあの黒曜石の近くに建立せねばなるまい。
八坂健治(1942-2020)の手記から、ノットについての言及がなされた箇所が解読された。 晩年の八坂は言霊学への関心があったことが指摘されており、日本語の五十音表を用いた独自の方法を自らの実験音楽において実践したと言われる。この手記は発話者を人間に限定しないことに特徴をもつ八坂現霊学の試みとして「黒曜石の発話の聴取」が実行され、そのなかでノット(手記中ではログジャムと表記)の音楽史観についての八坂の言及がなされた、非常に貴重な資料である。

アルマナックによるログジャム・ニッチ・ノット(4)|未公開書簡

アメリカ合衆国出身の音楽学者、ログジャム・ニッチ・ノット(1912年3月3日-2004年2月4日)について貴重な事実を物語る書簡が新たに10点見つかった。今回見つかった書簡は10点全てノットから八坂に宛てられたもので、日本にある八坂の知人宅からまとまって発見された。内容はノットがその頃飼い始めた猫の話から制作の話に至るまで様々であった。今回とりわけ音楽史において重要と思われるのは、1966年9月25日付の書簡におけるノットの初期八坂作品への言及であり、これによりノットが八坂のスーツケース・パフォーマンスに強い関心を抱いていたことが明らかとなった。 
ノット批評をおこなうザカリー・サンダース氏は今回の発見について次のように述べ、「ノットは自身の研究について徹底した秘密主義を貫いたことで知られており、これほどまとまった資料が一度に見つかるのはまれであり、たいへん意義深いことです。また、今回の資料は、これまでの先行研究ではノットの関心外と思われていた八坂の前期の作品シリーズについて、ノットが多分に関心を寄せていたことも明らかとなりました。これからどうなっていくのか楽しみです。」と、その音楽史における価値を強調した。