羽塚真澄

1985- | 日本

綿貫ひびによる羽塚真澄|紹介

人物・来歴
1985年生まれ。詩人。中学生時代から「雨」のモチーフに強く惹かれ、高校一年生の時に、さまざまな雨にまつわる詩を収録した詩集「ふるたび」で、現代詩の登竜門である「宮沢賢治現代詩賞」を最年少で受賞し、一躍有名になる。2005年に創作コミュニティ「雨天同好会」を立ち上げ、詩に限らず、演劇や実験音楽などのパフォーマンスにも挑戦している。
主な作品
《街中の音楽:雨天決行》(2010)
二瓶治《街中の音楽》(2009)の派生系としてのパフォーマンスである。演劇活動のなかで、荻屋晴夫と出会ったことがきっかけであった。梅雨の時期に何時間も室内から外を眺めるのが楽しみであった羽塚は、水たまりができていく様子を見ることで、この作品の発案に至ったという。「雨」のモチーフ、ひいては「水」のモチーフに敏感であった羽塚は、佑儻真於の存在を当然認知しており、方法論の部分では《Fleeing from Three Leaves》を応用した。具体的には、あらかじめ水たまりができると予測される場所に鈴のついた杭を仕込んでおき、そこを舞台にして雨が降った日に《街中の音楽》をおこなうというものだった。

⚫︎水たまり(杭を打った箇所):石などを投げ入れ、鈴を鳴らす・
⚫︎水たまり(杭を打たなかった、予測できなかった箇所):踏み鳴らして、パシャパシャと音を立てる
⚫︎木々​​:演者は街路樹の枝の配置に従い、指定されたリズムで枝を叩く。これにより、樹木の自然な音が一種のパーカッションとして使用された。

雨天同好会による羽塚真澄|エッセイ「雨天同好会の日常」

『滴』第14号より抜粋
ぽっつんぽっつん、朝起きたときに聞こえてくるのでした。 
明日になれば忘れてしまう匂いです。それを前にして、わたしたち、うなだれるだけでは、人生というものは強くいられないでしょう。もう7月です。こうして人生は過ぎ去り、また途方もない旅へ向かうばかりなのです。 
今日は雨天同好会の集まりがありまして、しかたなく外出することを決心して、傘を握りました。いつも『滴』で言及されている傘ですが、ばさっとさしてしまえば、ただの道具になってしまうのですから、わたしたち人間、馬鹿にされているようなものです。
(中略) 
阿佐ヶ谷まで行きました。雨天休日の中央線は、湿気がひどくて乗客の憂鬱を運びます。やはり世の中の人間というのは、雨が嫌いで、水が嫌いなようです。わたしだって、自分に降りかかる水滴はあまり好きではありません。 
雨天同好会の主宰・羽塚真澄さんの邸宅に到着すると、もうすでに五人ほどいらっしゃっておりました。わたしは誰とも面識がありませんで、隅っこで傘の水滴と見つめ合うことばかりしていたところ、羽塚さんが声をかけてくださったのです。
「せっかく雨が降っているので、今日はまた別のことをしましょうか」 
羽塚さんの目は楽しそうでした。やはり、雨が相当お好きなんでしょう。お話に聞いていた人とまったく相違なく、物腰の柔らかい人でした。
「いつもは何をしていらっしゃるのでしょう」
「それは、また、晴れの日のお楽しみになさってください」 
この返しには驚きました。 
わたしの自己紹介が済むと、今度は全員で羽塚さん宅の和室に移動しました。襖を開け放つと、雨が土を打つ音がいっそう強く聞こえ出して、雨天同好会の集まりを讃えているようです。心地よい音です。
「今日はここでひとつ、『滴』をつくろうではありませんか」 
羽塚さんはそう言って、わたしたちの方を見渡しました。何を言ったのか分からない、というように視線を交わしていると、羽塚さんは少し笑って、こう付け足しました。
「次号は、ここで、雨を見つめながら、創作されたものを掲載することにします」
(以下、続く)