佑トウ真於

1974- | 日本

綿貫ひびによる佑儻真於|紹介

人物・来歴
1974年生まれ。東京都出身だが、幼少期に旅行で香川県を訪れた際に、かつて観音寺市の和田雨乞踊にて神への生贄として連れ去られた経験があることを思い出す。それ以降、雨や水をめぐる儀式に関心を持つようになった。佑儻の関心は、水をめぐる儀式を作り上げることよりも、いかにしてその儀式から抜け出す体験を作り出すかという点にあるらしい。こうした関心から、佑儻は八坂健治の亡霊と接触する。1995年には、佑儻が学生時代の旅行時に知り合っていたスウェーデンの作曲家イザベラ・フロストと八坂を引き合わせ、八坂によるフロストへの影響をもたらすきっかけを作った。
主な作品
《Fleeing from Three Leaves》(1998)
湖沼学において 「湖」とは『水深が深く、植物は湖岸に限られ、中央の深いところには沈水植物が見られないもの』、「沼」とは『湖より浅く、最深部まで沈水植物が繁栄するもの』、「池」とは『通常、湖や沼の小さなものをいい、特に人工的に作ったもの』と定義されている。このことから、公園に設置された人工池を舞台として設定する。

A:記譜フェーズ
①ピンポン球程度の大きさの目印をもつ杭を水の中の好きな位置に好きな数だけ設置する。
②設置が完了して水の動きが全くない状態になったら、好きな位置から好きな強さで水の中に石を投げ入れる。複数人が同時に別の位置から石を投げ入れてもいい。石の大きさは一定でなくてもいい。
③水面に生じる波紋を五線譜に見立てて、ある特定の瞬間にピンポン球が五線譜のどの位置にあると見えたかを書き留めて楽譜とする。(楽譜を制作する時点、つまり石を投げ入れる際にも音が発生し、すでに演奏がなされているともいえる)

B:演奏フェーズ
①鈴のついた杭を、好きな位置に好きな数だけ、鈴が水面にかかる程度の高さで設置する。
②Aで制作した楽譜から、どの位置からどのくらいの大きさの石をどのタイミングで投げるかを読み取りながら、石を投げ入れると、水面を伝わる振動で鈴の音が鳴る。

詠人不知(であるところの尾前頭後)による佑儻真於|
エッセイ「佑儻、逃げ道なくす」

佑儻氏、齢三十路に迫る頃、天井の下に人工池、池から上に生ゆる台、其処に座りて手に木切れ、その細い木の先見れば、天井から垂れ下がる糸、されど其の糸結わるる先は天井ならず。其れはスピヰカかな。凡そコオンの辺りより、糸の先を括り付け、其れは下方池へと向かい、また一端には一片石ころ宙ぶらり。その石池に触れるか触れぬか、わづか水上、柱に鈴鐘。「これは自然発生的な音の循環をもたらします。もうここからは逃げられないのです。」曰く、水面の音を拾ふマヒクを備えたれば、かの音々衆人の目々から匿わる装置を経、天井のスピヰカに至り、変わりばへたる音を放ち、その音の震へ、物理的に糸に作用し、先の石を揺るがし、其れまた鈴鐘を鳴らす。さは言えど、天井と池、狭間に座りて木切れを構へ、佑儻其の糸つつつくことたへることなし。「あれじゃ、あいつがただ糸揺らして音出してるだけじゃねえか。天井の音も別モンに違えねえ」こらぱちもんやと、安からず思ひたる人、佑儻に問ふに
「あなたは儀式というものを馬鹿にしているのですか?」
応へて曰く、
 儀式なるもの
 嘘もほんとも
 なかりせば
 かけてかの水
 うへに及ばず