山中駿

1977-  |  日本

山中駿による山中駿|交通音楽博物館に関する寄稿文

私の祖父、山中進(1921-2006)は日本道路公団の役員を務めていました。退職後は音楽鑑賞を趣味とし、悠々自適に暮らしていましたが、1989年にCarter(本名Kong Junxi)によって行われた《five-lined road》のパフォーマンスを見て以来、Carterの音楽活動の支援をし続けていました。祖父はこの地に建てられていた山中家の別荘を支援の拠点としていましたが、彼が亡くなると別荘はあまり使われなくなってしまいました。そこで私はCarterをはじめとする交通と音楽の関係を追求する音楽家たちの作品を展示するこの「交通音楽博物館」を、別荘をリニューアルする形でオープンさせるのです。
旧山中家別荘を改装して作られた、交通音楽博物館の開館に寄せて館長となった山中駿が寄稿した文章。

山中駿によるレオ・ガーディナー|交通音楽博物館カタログより

人物・来歴
Leo Gardiner(1968- )はアメリカの作曲家。彼は37歳のとき、運転中にたまたま通過したメロディーロードに惹かれ、乗り物と演奏の関係を追求する音楽を制作するようになった。活動の初期はメロディーロードを基にした制作を行なっていたが、近年では乗り物に乗りながらの演奏や聴取へと制作の方向をシフトさせている。2008年には、Carterと共同で、メロディーロード上を走行しながらそれと同じ音楽を演奏する《music on musical road》というパフォーマンスを行った。
その他の作品
《music on musical road——chaotic!》(2010)
《music on musical road》のテンポをランダムに変更したもの。曲の速さに合わせて運転速度を調整しなくてはならないため、演奏にはより高い運転技術が要求される。

《music for unicyclist》(2014)
一輪車に乗ったまま演奏を行うというパフォーマンス。一輪車の動きはあらかじめ指示されており、演奏は管楽器によってなされるが、一輪車をコントロールしながらの演奏には困難が生じる。

《in the vehicle》(2017)
聴衆の側がゴルフカートやミニトレインなど、思い思いの用意された乗り物に乗って演奏を聴く。乗り物によって走行音は異なるため、各聴衆が聴く音はそれぞれ異なるものとなる。

山中駿によるコン・ジャンクシー(Carter)|交通音楽博物館カタログより

人物・来歴
Kong Junxi(1964- )は、シンガポールの作曲家。一般には英語名のCarterとして知られる。幼少期は家が貧しく、車を所持していなかった。技能教育研究所(ITE)で日本語を学び、卒業後はホテルの従業員として働きながら資金を確保し、23歳で日本に渡った。そこで目にした日本の街を行き交う車の多さに衝撃を受け、それ以降、彼は日本の街に見られる交通をテーマに様々な音楽を制作した。

彼が初めて発表した作品が《five-lined road》(1989)である。これは片側三車線の高速道路のある瞬間を上から撮影し、道路を五線譜、車を音符として楽譜化を行なったものであった。この作品は日本道路公団の役員を務めていた山中進(1921〜2006)の目に留まり、以降Carterは彼の支援下で楽曲を制作し続けた。2003年には山中家が所有していた別荘でコンサートが行われ、集まった観客が来場する際に通った道路において《five-lined road》と同様の試みが行われた。この時にできた《five-lined road 2》は後にメロディーロードとしてその道に設置された。《five-lined road 2》では、信号があることにより、車(音)が多い部分と少ない部分が存在しているのが特徴である。

2009年には交通と音楽との関わりへの関心から二瓶治に誘われ、彼の《街中の音楽》に交通信号班として参加した。翌年《ガードレールミュージック》を共同制作。参加者が一列に並んでガードレール沿いを歩きながら、ガードレールに付着している汚れを紙に記録し、その後ガードレールの支柱から支柱までを1小節とみなし、記録した汚れを音符に置き換え、参加者全員の音を合わせるという手法で作曲を行った。《ガードレールミュージック》では、曲の後半になるにつれて音にまとまりがなくなっていくが、これは参加者が歩き続けて疲れてしまったからである。
その他の作品
《tempo limit》(1995)
通った車の速度に対し決まった音の高さを返す関数を用いて、一車線道路においてオービスを利用し作曲を行った。しかし、対象の道路には速度制限が設けられており、それを超えてしまった車は異常に高い音として記録されることとなる。