広田依式

2001- | 日本

広田依式による広田依式|CV

2001年生まれ。東京都現代美術館アシスタント・キュレーター。東京大学大学院にて現代美術を研究したのち、オリエンタルランド社勤務を経て現職。大学生のころよりソロユニット《カワウソ大陸》を結成し、キュレーター・作家・パフォーマーとして定期的に発表を行う。過去のキュレーション展に「お隣会」(2021年)、「飴をあげるか鞭で打つか」(2022年)、作家としての参加展示に「ぶどう会」(2024年)、「カワウソ・トーク」(2025年)、パフォーマンス作品に「奈落のイルカマスター」(2022年)、「あめむち THE LIVE」(2023年)などがある。
2034年より広田は《偽実験音楽史》アーカイブサイトの作成にメンバーの一人としてかかわっている。

広田依式による道尾歩|ツイート

道尾先生の論文集『都市の中にある芸術』、相当面白いな……と思いつつ読んでいる。特に「散歩の只中における鑑賞」がすごくいい感じがあるし、今構想している展示のアイデアともだいぶ絡む感じがある。」

「展覧会とか演劇とかを鑑賞する経験は、作者本人がその影響を排除しようとどれほど望んでも、最寄りの駅から会場へと歩いてくる経験と切り離すことができない。その結果として、自分の考えていたことを伝達するという作者の意図にノイズが生じ、」

「鑑賞者は作者が考えていたこととはあんまり関係ないことを好き勝手に考えるようになったり、あるいは、本来想定されてはいなかった場所との結びつきが生じることで、作品に新たな解釈を付与したりするようになる。そうした事態に政治的な可能性を見て……というもの。」

「道尾先生の伝説的な《変革の時》は(もちろん生では見れてなくて、記録映像を見て戯曲やいくつかの批評・解説を読んだくらいだけど)、鑑賞者・参加者ではもちろん鑑賞者を特定の方向にコントロールすることこそが重要だったわけで、考え重視するものを情況にあわせてだいぶ変化させているんだな、と。」
道尾歩の論文「散歩の只中における鑑賞——外を歩いて会場へとやってくる鑑賞者の「政治」学」(道尾の論文集『都市の中にある芸術』(2021年、彗星社)に収録。初出は2016年)を読んだのち、大学生時代の広田が行ったツイート。Twitterアカウント:@depeformulaより引用(21時32分-45分)

広田依式による田部留以|作家略歴

1969年生まれ。大学では作曲をそれなりに熱心に学んでいたが(わりとコンベンショナルな大学だったが、講義や友達との雑談で実験音楽の話題が出ることはあった)、2年生のときにはじめたイタリア料理店でのアルバイトに極度に熱中してしまい、3年留年する。そしてバイト先で徹底的に修業した結果、「食べることは他者を自分の一部分にする過程であるが、同時に自分の一部分を他者に受け渡す過程でもあり、食べることと食べられることの間に本質的な違いはない」「自分の身体の中に他者を侵入させ、その他者に自分の身体を変化させる権利を与える営みであるという点で、音楽と食べることは同じである」という(過激なようで月並みでもある)考えに取りつかれるに至り、音楽と食事(料理)の境界を問う作品を制作するようになる。

卒業制作として作られたのが、1995年の《ベートーヴェンとしての弁当》である。これは、米、にんじん、牛などに対し、生前最後の5日間ひたすらにベートーヴェンの「運命」の録音を聴かせたうえで、それらで作った弁当は音楽であると強弁し、審査員の教授陣にふるまったものである。教授陣は困惑し激怒したが、イタリア料理店で6年鍛えた田部の料理の腕は確かなものだったので、総合的な評価は高く卒業できた。

現在の評価のきっかけになった作品の一つが、1999年の《バイキングメドレー》である。これは特定の食べ物についての言及がある過去の音楽(J-POPなど)10曲をメドレー形式で繋いだもので、それぞれ違う楽器を担当する7人の演奏者がいるが、演奏に際しては特殊なルールが設けられている。①演奏者は自分が担当する曲を選ぶことができ、演奏後に各曲に対応した食べ物を食べねばならない、②特定の曲について演奏者が食べる量は、x(任意に設定できる単位値だが、基本は一食で食べるくらいの量)÷その曲を演奏した人数÷演奏した曲数である、③食事は演奏の録音を聴きながら公開で行われ、各曲は対応した食事が完全に食べ終えられるまでループ再生される、④演奏者のうち二人は前日から演奏まで一切食事してはならず、三人は演奏直前の食事を抜かねばならず(午後に行われる場合、昼食を食べてはならないなど)、残り二人は普段のように食生活を送った状態でなければならない、⑤どの楽器の担当がどれに割り当てられるかは、演奏一週間前にくじ引きで決まる。

他の代表的な作品としては、2001年から進行している《食用楽器》シリーズがある。最初に発表された作品は、竹笛を食べることをコンセプトとしている。田部は演奏の一週間前に3本の竹笛のなかから演奏する一本をランダムで選択し、残りの二本は何とか食べられる状態へと料理し(メンマなど)、それを鑑賞者にふるまいつつ竹笛での演奏を披露したのだ。特定の事物が聴覚にもたらす感覚と味覚にもたらす感覚とのあいだにある差異ないしは共通性いう問題はシリーズの続編に引き継がれているとはいえ、演奏される楽器それ自体が食の対象になってはいない以上、本作は比較的穏健であったといえる。それに対して後の作品では、タケノコに糸を付けた弦楽器や、のちにふりかけになる鰹節の打楽器といった楽器兼食材による演奏を観客に聴かせたうえで、その楽器から生じる味を事後的に経験させて演奏の印象を改変するアプローチをとることが主である。別のアプローチとして、プリペアド・ピアノを継承しつつピアノの加工に食物を取り入れた作品も、2012年以降しばしば発表している。こちらは、元フードファイターという異色の経歴を持つ音楽評論家・食田奏太郎との出会いをきっかけにして作られたもので、曲が進行するごとに食田が食べるプロセスが挟まり、それによって音が変動する仕掛けとなっている。食田はただ食べ聴くのみならず、その場で音や味についての文章を執筆する。以前はその文章が演奏後にインターネット上でアーカイブとして公開される形式を採っていたが、文章が演奏者・楽器の傍らに投影される形式が近年においては半ば定番となっている。

また、2008年から進行している《食べ物によって操作された演奏者たち》シリーズも著名である。それは、歌手や凄腕の演奏者たちに、曲の進行に応じて大量の食べもの(ケーキなど、糖分を含むもの)を与えていき、その影響下で身体操作がままならなくなっていくさまを観察するものだ。 

追悼コンサートは『田部留以を食べる』という名称で開催される予定であり、その中心になると見込まれているのは、田部の遺体を田部が考案したレシピに従って料理し鑑賞者にふるまう《田部留以メドレー》である。法律の面から開催を可能とするべく、弁護士や国の人間を交えた相談が進んでいる。
東京都現代美術館で開催された田部留以の展覧会「田部留以:コンサートホール・タベルナ・ミュージアム」(2033年4月5日(土)~7月6日(日))のために広田依式が作成。その後2034年、広田は偽実験音楽史ポータルサイトの作成にメンバーの一人としてかかわることになり、更新の必要を感じなかったこともあり、この略歴を許可を得て流用した。なお、広田は同展にアシスタントキュレーター兼パフォーマーとして参加している。