この作品では、何組が会話をしているかという数と音を対応させて、即興的に音楽をつくっていく。ちなみに、この録音に収録された本曲の初演に際しては、私の会話も含まれている。会話の冒頭を録音しておいたので、せっかくなのでここに書いておこうと思う。
会話の参加者
D=ドリー・ギルモア:言語哲学者、実験音楽作曲家
N=ネッド・ブロック:心の哲学を専門とする哲学者、ギルモアの大学時代からの友人
H=
ハワード・ギルマン:比較音楽学者、実験音楽作曲家、ブロックの同僚
N「会いたいと聞いていたから、今日は私の友人の実験音楽作曲家を連れてきたよ、大学の同僚のハワードだ」
D「こんにちは、ドリーです」
H「どうも」
D「今回、この会話は私の作品に活かす形で考えています、そのために録音してもよろしいかな?」
H「どうぞ、会話を音楽にするという方向ですよね、話は多少聞きました」
D「そうですね、特に深い思想があるわけではないのですが。もっぱらこれは私の趣味のようなものですからね、戯れに付き合わせているのはやや申し訳ない」
H「なるほど、これはしばしば勘違いされることなのですが、作曲者が深い思想を前提していないことは、聴衆がその曲について深く考察しない理由にはなりません。音楽学の分野でではありませんが、ヴォルフガング・イーザーの文芸理論を参照するとそういう形に結論できる。ということはすなわち、その曲の価値を落としめる理由にもならないのでしょう」
D「なるほど、とにかく協力していただけたのはありがたい。それはそうとして、あなたの作品について色々調べさせていただいた、とても面白い」
H「ありがとうございます、ネッドの思想を活かしたつもりでいます」
N「私の代表的理論であるphenomenal consciousness/acsess consciousnessですね」
H「そう、私の作品はあなたの関心を映し取ったものであるといえますね」