Dolly Gilmour

1956- | USA

廣川開人によるドリー・ギルモア|紹介

人物・来歴
アメリカ在住の哲学者。専門は言語哲学で、「会話」「対話」に関する哲学を展開していた。無類のコーヒー好きであり、勤務する大学で哲学カフェを主催し、そこで自身の好きなコーヒーを参加者にふるまっていたという。両親の影響で、幼少期から観客として実験音楽に触れており、彼のなかでは「遊び」として実験音楽を創作していた。
主な作品
《Speaking, Playing》(1990)
ギルモアは必ずカフェで実験音楽を作っており、様々なカフェを巡っていた。Freedomというカフェとの出会いがこの作品の誕生のきっかけである。そこではBGMとして音楽がかかっておらず、創作に集中しやすかったという(店内でBGMをかけなかったのは、コーヒーの味に集中できるようにという店主のコーヒーに対する並々ならぬ思いがあるからだった)。しかし奇妙なことに、店内でBGMがかかっていないにもかかわらず、ピアノが置いてあるのである。ギルモアが理由を尋ねたところ、店主は音大を目指したがピアニストの夢はあきらめたという過去があり、カフェを経営する一方で趣味として閉店後にピアノを弾いているのだという。興味をもったギルモアは閉店後に居残り、店主の演奏を聞いて感銘を受け、自分のつくる実験音楽をぜひ彼に演奏して欲しいと思うようになる。このような経緯で、カフェの中で交わされる会話を音楽化する《Speaking, Playing》を構想した。この作品では、何組が会話をしているかという数と音を対応させて、即興的に音楽をつくっていく。観客は自分が観客でありながら、自分が楽譜を規定している参加者でもあることを知らされない。

《Lost》(1995)
1995年、Freedomが閉店することになる。エリック・ウォンは記録用に録音していた《Speaking, Playing》を《Lost》として再構成。失われた場所をレコードの中で記憶する形で、Freedomの存在を残しておこうとしたのだった。《Speaking, Playing》はZIONでも演奏され、ZIONとFreedomは姉妹店のような形で交流を続ける。ZIONが経営難に陥った際、Freedomの店主はギルモアとともにZIONを訪れ、ウォンの主催する全七回の公演を手伝った。

ドリー・ギルモアによるドリー・ギルモアとハワード・ギルマン|会話

この作品では、何組が会話をしているかという数と音を対応させて、即興的に音楽をつくっていく。ちなみに、この録音に収録された本曲の初演に際しては、私の会話も含まれている。会話の冒頭を録音しておいたので、せっかくなのでここに書いておこうと思う。

会話の参加者
D=ドリー・ギルモア:言語哲学者、実験音楽作曲家
N=ネッド・ブロック:心の哲学を専門とする哲学者、ギルモアの大学時代からの友人
H=ハワード・ギルマン:比較音楽学者、実験音楽作曲家、ブロックの同僚

N「会いたいと聞いていたから、今日は私の友人の実験音楽作曲家を連れてきたよ、大学の同僚のハワードだ」
D「こんにちは、ドリーです」
H「どうも」
D「今回、この会話は私の作品に活かす形で考えています、そのために録音してもよろしいかな?」
H「どうぞ、会話を音楽にするという方向ですよね、話は多少聞きました」
D「そうですね、特に深い思想があるわけではないのですが。もっぱらこれは私の趣味のようなものですからね、戯れに付き合わせているのはやや申し訳ない」
H「なるほど、これはしばしば勘違いされることなのですが、作曲者が深い思想を前提していないことは、聴衆がその曲について深く考察しない理由にはなりません。音楽学の分野でではありませんが、ヴォルフガング・イーザーの文芸理論を参照するとそういう形に結論できる。ということはすなわち、その曲の価値を落としめる理由にもならないのでしょう」
D「なるほど、とにかく協力していただけたのはありがたい。それはそうとして、あなたの作品について色々調べさせていただいた、とても面白い」
H「ありがとうございます、ネッドの思想を活かしたつもりでいます」
N「私の代表的理論である​​phenomenal consciousness/acsess consciousnessですね​​​​」
H「そう、私の作品はあなたの関心を映し取ったものであるといえますね」
《Speaking, Playing》の録音に付されている解説。