避けられなかった運命と、来るべき未来
——伝説のアイドル・グループ「コミュ★ニス」をめぐって2020年7月の炎上。それが「コミュ★ニス」がもっとも有名になった瞬間だった。その炎上が過ぎ去って社会の関心が別の世界に移ったころ、彼女たちはもういなかった。こういうことは、とくにインディーズのアーティストにはよくあることだ。だけど、「コミュ★ニス」はちょっと違っていた。不注意や出来心から来るスキャンダルでも、売名目的の炎上でもなかった。「コミュ★ニス」という現象は何だったのだろうか、と3年が経とうとするいまでもときどきふと考えてしまう。
僕が「コミュ★ニス」のことを知ったのは2019年のことだった。その年、僕は大学生になって地元の北海道から上京してきた。3月26日、父に手伝ってもらいながら引越をした。練馬区石神井台にある北海道出身者限定の学生寮に入った。グーグルのとてつもないストーカー能力の助けを借りると、僕がコミュ★ニスに出会ったのは4月13日のことだと分かる。神宮球場で午前中の母校となったばかりの東大は開幕戦で法大に完敗し(それから4年が経ち、10試合以上は観戦したけれど未だに勝利をこの目で見てはいない)、そのあと渋谷に立ち寄ったのだった。「スクランブル交差点」というものの存在はもちろん知ってはいたけれど、実際にそこに行ったのはこの日がはじめてだったと思う。「いなかもん」にとってそれは悪しき東京一極集中の象徴みたいなものだ。
彼女たちはいつものように《すくらんぶる★みゅーじっく》をやっていた。「隣の人と速度をそろえて、手拍子をしながら信号を渡ってね。」などと書かれた手紙をスクランブル交差点で信号待ちする人々に配りながら、メンバー自身もその指示に従ってスクランブル交差点を渡るというパフォーマンスである。この頃、「コミュ★ニス」は盛んにこのパフォーマンスをゲリラ的に行っていて、僕もそのうちの一日に偶々遭遇したのだった。なんだか変なことをやってるなあとは思ったけれど、上京したての僕にはこれが東京の「あるある」なのかもしれず、それっきり忘れ去ってしまった。
「コミュ★ニス」が特徴的なのは、このような実験的なパフォーマンスをやっていたということよりも、それを「実験音楽」の文脈を引き受けたうえで実行していたということだと考えるべきだ。アイドル・グループが知名度向上のためになりふり構わず目立とうとして結果的に図らずも実験主義に接近する、ということはよくあることだ。「コミュ★ニス」のリーダーで、実質的にプレイング・マネージャーのような存在であった波浪アイは実験音楽家・
二瓶治の《街中の音楽》に影響を受けて実験音楽に興味を持ったと明言している。
僕の知る限り、いわゆる「実験音楽」(experimental music)の文脈で活動を展開したアイドル・グループは未だかつて「コミュ★ニス」だけだ。「実験的」という意味でもっとも面白い活動を展開している富士山のローカル・アイドル「3776」(みななろ)でさえ、『公開実験』と銘打ったライヴ(少し離れた場所で同時に別々の曲が歌われる)を行っているものの、実験音楽史への配慮まではしていないだろう。
2020年7月の炎上。それが「コミュ★ニス」がもっとも有名になった瞬間だった。と冒頭に書いたように、根強いファンが少なくなかったこのグループも、高い知名度を誇るには至らなかった。《すくらんぶる★みゅーじっく》以外の活動で目ぼしいものがなかったのも一つの要因であろう。
2020年7月、コロナ蔓延下でのパフォーマンスは《すくらんぶる★みゅーじっく★ハイパー》と題されていた。《すくらんぶる★みゅーじっく》と同様にスクランブル交差点で行われたそのパフォーマンスは大声で挨拶を交わしながら信号を渡り、青信号のメモリが少なくなるとともに声の高さを上げるという内容だった。当時の状況を鑑みれば炎上は避けられなかった。それでも「コミュ★ニス」はこの《ハイパー》をやらなくてはならなかった。おそらく波浪にとっては、「人と人との距離はとって、こころとこころの距離は密に」などというスローガンが掲げられ、zoom上で合奏や合唱が繰り広げられるような世界は信用ならなかったのだ。波浪は以前から「ツールを介さないコミュニケーション」に異様なこだわりを示していた。ツールを介することによって心理的な距離を縮めようと躍起になっている社会の中で、「他人につめたいこの世界、わたしたちがあっためる!」をモットーに活動する「コミュ★ニス」がやるべきことは《ハイパー》だったのだ。物理的な距離すなわち心理的な距離、というラディカルな態度がラディカルなパフォーマンスに結実したというだけの話だ。
《ハイパー》は不可避だったし、その炎上も、そしてその後にやってきた活動休止も、すべて不可避だった。そのような運命については僕も幾分か同情する気持ちはある。それでも何か腑に落ちないところがあるのは、「コミュ★ニス」がアイドルという観点から見れば充分に画期的なグループだったとはいえ、色眼鏡なしに見たときには重大な問題を孕んでいるように思えるからだ。この連載は「音楽的な側面から」論じるということになっているし、彼女ら自身も「実験音楽」を標榜していたので厳格な批評も認容されるだろう。
問題と思われる点は列挙することになるが、まずは「スクランブル交差点」という場所自体が取り扱いの難しい場所だったということがある。都会の喧騒、現代社会の無機質さの象徴のようなこの場所が「あっためる!」格好のスポットであったのは理解できる。しかしスクランブル交差点は同時に、奇妙な振る舞いが同時多発的に起こっているスポットでもある。路上ライブ、性風俗求人アドトラック、コンセプトカフェか何かのティッシュ配り、ナンパ、怪しいYouTubeの撮影(そういえば今では地域貢献みたいな活動さえしているYouTuberがスクランブル交差点にベッドを置き大炎上、書類送検までされた事件もあった)など無機質な社会とはある意味では正反対の風景が見られる。「コミュ★ニス」の活動も、彼らの振る舞いとさほど変わらないものになってしまった。「文脈」は音楽批評にとってはともかく、SNS上では意味をなさないのだ。
次に、「あっためる!」ことを目論んだ彼女たちのパフォーマンス自体が、あまりに浅薄なコミュニケーションに立脚していたことも指摘しておかねばならない。「隣の人と速度をそろえて、手拍子をしながら信号を渡る」のも「大声で挨拶しながら信号を渡る」のも、表面上のコミュニケーション行為の次元に留まっており、はっきり言ってそれでは「絆」とか「心と心は密に」のような欺瞞的なスローガンとさして変わらないように思えるし、ツールを介したコミュニケーションとどっちがましなのかも分からない。大真面目に「あっためる!」を目指したはずなのに、作品化されるにあたって寓話化され、むしろ無機質な社会をパロディックに描いているかのように見えてしまった。
そして、その原因であるかもしれないのは、波浪が「実験音楽」に熱中していたことにあるようにも思われる。知識は強みであるのと同時につねに弱みでもある。知ってしまうのは怖いことだ。直接的なコミュニケーションを、手拍子や挨拶へと抽象化する営み自体が少し「音楽家」的すぎるように感じられる。
惜しむらくは、「コミュ★ニス」という5人のグループが、まるで波浪のグループであるかのように認識されてしまったことだ。実験音楽について知識も興味もなかった(と思われる)残りの4人がもっとコアの部分に参画出来ていたならばもう少し違った形の「コミュ★ニス」が見られたのかもしれない。
いろいろと不満を述べてしまったけれど、過去に対する不満は効力をもたない。ほんとうは未来についてしか考えるべきではないのだ。「コミュ★ニス」の未来について、あるいはあの5人の未来について、何を考えればいいのかは部外者には分からない。
3年が経つ。
2020年から社会は大きく変わったようにも見えるし、変わらないようにも見えるし、元に戻ったようにも見える。2023年のいま、ここに「コミュ★ニス」がいたなら何をするだろうか。そのように考えるのは楽しい。幸か不幸か「コミュ★ニス」の代わりになるようなアイドルは出現していない。そのようなアイドルの出現は待つだけ無駄だ、と誰かは言う。それならば、「コミュ★ニス」の復活を待ち望むことが僕たちにできることだろう。できることならあの五人で。こんな駄文が「コミュ★ニス」の目に留まることは決してないだろうけれど、そのような未来を駆動する最初の風になるべく僕はここに書きつけているのだ。