皆様ご無沙汰しております。三ヶ月前に「漢字で実験音楽!?——H.Gilman紹介」という記事を寄稿いたしました
食田奏太郎です。前回の記事を読んでいない方もいらっしゃるであろうからその内容を軽く要約すると、次のようになる。学会で出会ったH.Gilman という音楽学者・実験音楽作曲家は、学会終了後に突如私に「日本語って文字の種類がいっぱいあるんだろう?だったらさ、音楽記号や音符に似た形の文字を知らないか?」というなんとも奇妙な質問を投げかける。興味を持った私が詳しく話を聞いてみると、どうやらその漢字を実験音楽に用いるようである。ただし具体的な内容に関しては、曲を公開するまで秘密にしておいてほしいとのことで、前回の記事には書かずに終わったのである。
あれから三ヶ月、彼も曲を書き終えたようで、楽譜・録音データがメールで送られてきた。作曲の意図や背景が気になった私は、zoom を繋いで(なぜ電話ではないのかと疑問に思う方もおられるだろうから一応説明をつけておくと、国際電話だとお金がかかる一方、こちらだと大学院のアカウントを使ってタダでできるのである)彼の真意を問うてみた。今回はそのことについて書いていこうと思う。
《音符と罠(Notes and Nets)》という曲で、このような似た音を用いてタイトルをつけるようなところに彼の遊び心が感じられる。内容としては、表紙に書かれた注意書きを訳すのが分かりやすい。
"In this piece, the performer performs a visual search, and there are multiple notations per measure. Some of the scores contain puzzling parts (nets) and some do not (notes). The music is played on the spot, reading the score without looking it over beforehand. The tempo is around ♩=40 by a metronome. The piece is repeated twice using the same score. There can be more than one type of nets. The original is 'Old Hungarian Dances from the 17th Century' by Ferenc Farkas."
以下に筆者の仮訳を付しておこう。「この作品では、演奏者は視覚探索を行い、一小節に複数種類の記譜法が用いられる。楽譜には、不可解な部分があるもの(nets)とないもの(notes)がある。事前に楽譜に目を通すことなく、その場で楽譜を読みながら演奏する。テンポはメトロノームで♩=40 前後。曲は同じ楽譜で二回繰り返される。nets は複数種類ありうる。原曲は Ferenc Farkasの《Old Hungarian Dances from the 17th Century》である。」
視覚探索とは認知科学の用語で、ある目的のものを視覚的に見つけ出すことをいい、ここではすなわち、視覚的に適切な楽譜を探し出す作業を瞬時に行ないながら演奏を進めていくというのである。ここで、ギルマンがnetsをかなり慎重に検討して作り込んでいるということは注目に値する。よくよくスコアを読み込んでみると注意書きで言われるような「不可解な部分」が音楽的な知識を要さないように、かつ、nets に引っかかった際には、音楽をあまり聞かない人や和声に知識がない人でも分かるくらいに不自然な和音が出るように仕掛けられている。実際に楽譜を見てみるのが早いだろうから、数行を抜粋して解説してみる(譜例1)。