科学実験音楽の黎明期(1950〜1970年代)
この時期、物理学の進展と共に科学実験を音楽に取り入れる動きが始まる。研究室での物理実験や生物実験、化学実験を元に音楽作品を作るアーティストたちが登場し、実験結果を音楽として表現することが試みられる。
エドガー・フォン・ツヴァイベルガー (Edgar von Zweibelberger, 1897-1973)
オーストリアの物理学者であり音楽家。運動方程式のカオス理論を音楽に応用した初の人物とされる。彼の《Chaotic Waltz(カオティック・ワルツ)》(1950)は、三つのおはじきの衝突による複雑な運動を音楽に変換したもので、予測不能な音の連鎖を生み出した。彼の作品は実験音楽の分野に重要な影響を与えた。
ヘレン・ジョンソン (Helen Johnson, 1935-)
アメリカのカリフォルニア州にある高校で生物学を教えた教師。彼女の《Busy As a Cat(猫の手も借りたい)》(1960)はクラスでのプロジェクトから生まれた。地面に敷いた巨大な紙の上に小節線を引き、その上を前足にインクをつけた猫に歩かせることで楽譜を生成した。
マーカス・ジョンソン (Marcus Johnson, 1943-)
アメリカのハーバード大学教授。物理学と化学の知識に基づいて、原子核の崩壊から生じるはずの音を音楽に取り入れるという革新的なアプローチを模索した。ジョンソンのクラスでのプロジェクトから生まれた《Nuclear Resonance(核の響き)》(1970)では、学校の実験室で原子核の崩壊が発生する瞬間の音をモデル化し、それに基づいた音楽を作曲した。実験室で行われた初演において、学生たちは楽器を演奏しつつ原子核の崩壊から生じる理論的な音を再現した。
コンピュータによる音楽の進化 (1970年代〜1980年代)
1970年代から1980年代にかけて、コンピュータ技術の進化が音楽制作に革新をもたらす。デジタルシンセサイザーや音楽ソフトウェアの登場により、音楽理論とプログラミングが融合し、アルゴリズムを用いた新しい作曲手法が開発された。
サラ・ブライトメイア (Sarah Brightmayer, 1928-)
アメリカの高校教師であり、1970年代から1980年代にかけて音楽理論をプログラミングに取り入れる試みを行った。自作のコンピュータプログラムを使って生徒たちとともに音楽を作り上げ、その作品を学校のウェブサイトに公開した。彼女の《Parallel Sequence Symphony(パラレル・シーケンス・シンフォニー)》(1980)は、異なるタイミングで鳴る音の層をシミュレーションしたもので、後年インターネット上で話題になった。
ハンス・メイアー (Hans Meier, 1930-)
スイスの若手物理学者メイアーは、三重振り子を用いた音楽生成に取り組み、実験音楽の新たな地平を切り開いた。彼の《Triple Pendulum Etude(トリプル・ペンデュラム・エチュード)》(1988)は、物理実験の結果をリアルタイムで音楽に変換するプログラムを使用し、その複雑な音の動きが注目を集めた。
シミュレーションの普及とスーパーコンピュータ/量子コンピュータの時代 (1990年代〜)
シミュレーションの発達により、複雑な系をコンピュータ上で実装し、パラメータを音楽に起こす動きが盛んになる。また、2000年代にはインターネットの普及により、デジタルデータの共有と配信が容易になり、個人による音楽制作のグローバルな普及が進んだ。
ジョルジオ・リニエリ (Giorgio Ligneri, 1955-)
イタリアの物理学者であるリニエリは、1980年代のスーパーコンピュータを利用して、流体力学のシミュレーションを音楽に応用した。彼の《Fractal Orchestra(フラクタル・オーケストラ)》(1995)は、流体の動きを音楽に変換したもので、気象データをもとに音楽を生成するという斬新な手法を採用し、自然の動きを感じさせるユニークなサウンドスケープを作り出した。
アレクサンドラ・デ・ラ・フエンテ (Alexandra de la Fuente, 1964-)
スペインのコンピュータ科学者であるデ・ラ・フエンテは、1990年代に物理シミュレーションを音楽に応用するプロジェクトを開始した。彼女の《Quantum Symphony(クオンタム・シンフォニー)》(1998)は、量子力学の原理を基にした音楽生成プログラムを使用しており、量子の不確定性を音で表現した作品。彼女の作品は、コンピュータ音楽の可能性を大きく広げた。